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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1757号 判決 1975年3月11日

原告 本橋実

右訴訟代理人弁護士 仙谷由人

被告 ダイコー株式会社

右代表者代表取締役 児玉功

右訴訟代理人弁護士 増渕実

主文

一  被告は原告に対し金二六万一八六〇円及びこれに対する昭和四七年一二月二一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告(請求の趣旨)

主文一、二項と同旨並びに仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  原告(請求の原因)

1  原告は、昭和四三年四月一日被告に雇用され、昭和四七年一二月二〇日に退職した。

2  被告の就業規則の一部をなす退職金規定(昭和四二年六月二五日実施、以下「旧規定」という。)には次のとおりの定めがある。

(イ) 従業員が退職したときは、被告はこの規定により退職金を支給する(一条)。

(ロ) 退職金は、従業員の退職時の基本給に次の勤続期間に応じた支給率を乗じた額とする。勤続年数一〇年までの期間については一年につき〇・九(二条)。

3  原告の勤続期間は四年九か月で右退職時の基本給は金八万二〇〇〇円であったから旧規定によって計算した原告の退職金は金三五万〇五五〇円となる。

4  よって、原告は被告に対し金三五万〇五五〇円の退職金請求権を取得したところ、被告はその内金八万八六九〇円を弁済したのでその残金二六万一八六〇円及びこれに対する弁済期経過後の昭和四七年一二月二一日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

二  被告

(請求の原因に対する認否)

1ないし3項及び4項中被告が原告に対し退職金として金八万八六九〇円を支払った事実は認め、その余の事実は争う。

(抗弁)

1 被告の退職金規定は、昭和四六年一一月一九日に次のとおり改定(この改定された退職金規定を、以下「新規定」という。)され、この新規定によって計算した原告の退職金は別紙記載のとおり金八万八六九〇円である。

(イ) 従業員が退職するときは、被告はこの規定により退職金を支給する(一条)。

(ロ) 被告は(中略)すべての従業員について中小企業退職金共済事業団との間に中小企業退職金共済法に基づく退職金共済契約を締結する(二条)。

(ハ) 退職金の額は、右退職金共済契約に基づく掛金月額と掛金納付月数によって右事業団が算出した金額とする(六条)。

2 被告が右のように退職金規定を改定したのは、旧規定制定当時における被告の賃金体系は基本給、職務給及び諸手当の三本立ての形態をとっていたのであるが昭和四三年一一月に右の基本給と職務給とを合わせた基本給と諸手当の二本立てとする現行賃金体系に改められ、そのため退職金計算の基礎にならなかった職務給までが基本給の一部として退職金計算の基礎となる不合理を生じ、これを解消するためには旧規定を現行賃金体系に即応するように改定する必要があり、また当時被告は経営不振のため倒産に瀕していたため、被告が倒産しても従業員が前記事業団から退職金共済契約に基づく退職金の支払が受けられるように措置する必要があったからであって、被告は右退職金規定の改定に当っては、昭和四六年一一月一九日に新規定を全従業員に知悉させる目的をもって、これを本社掲示板によって公示し、かつ昭和四七年三月一四日開催された被告の従業員によって組織された労働組合との労使協議会の席上においても前記改定の必要性を説明したところ、組合もその趣旨を了解して本件退職金規定の改定を承認したし、その席には原告も右組合の執行委員として出席し右改定については個人としても反対せず、その後新規定によって計算された退職金八万八九六〇円を異議なく受領したのであって、右改定については、すくなくとも黙示的に同意したものである。

3 以上のとおりであって、本件退職金規定の改定は合理的な必要性に基づきなされたものであるから、新規定は原告の同意の有無を問わず当然原告に適用されるものであるし、仮にそうでないにしても前記の原告の同意により原告にも適用されるにいたったものである。

三  原告(抗弁に対する認否)

1項については、新規定によって計算した原告の退職金の額が被告主張のとおりであることは争う。その余の事実は認める。2項については、旧規定当時及び現行の被告の賃金体系が、それぞれ被告の主張するとおりであること、新規定が被告主張の日にその主張の目的をもって公示されたこと、昭和四三年三月一四日開催の労使協議会に原告が労働組合の執行委員として出席したこと及び右協議会に新規定が付議されたこと、以上の事実は認め、その余は争う。

被告の賃金体系が現行のものに改められたのは昭和四三年六月であって本件退職金規定の改定はこれとは何らの関係がないし、また原告が被告から退職金として金八万八六九〇円を受領したのは前記のように内払としてであって新規定による退職金の計算を承認したことによるものではない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求の原因1ないし3項及び抗弁1項のうち新規定によって計算された原告の退職金が被告主張のとおり金八万八六九〇円であることをのぞくその余の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告主張のとおり原告の退職金の計算について新規定が適用されるかどうかについて判断する。

まず、本件退職金規定の改定自体について合理的な必要性があったかどうか、従ってまた新規定自体の合理性について見るに、旧規定制定当時における被告の賃金体系がその主張のように三本立ての形態をとっていたのに対し、現行の賃金体系が旧賃金体系下における基本給と職務給を合わせた基本給と諸手当の二本立てに改められたことは当事者間に争いがなく、従って現行賃金体系のもとにおいても旧規定が適用されるとすれば、それは旧賃金体系のもとにおいて計算された退職金の額より職務給相当分に旧規定による退職金支給率を乗じた額だけ多く支払われなければならないことは明らかである。しかしながら、≪証拠省略≫を総合すれば、賃金体系が現行のように改められたのは昭和四三年五月ころであったと認められるのであって、前記のように新規定に改められるまでの約三年六か月余は旧規定がそのまま温存されていたし、≪証拠省略≫を総合すれば、被告は、右の約三年六か月の間に生じた退職者に対しても必ずしも旧規定所定のとおりの退職金の支払をせず、殊に、昭和四六年九月にその従業員山本登美子が退職した際旧規定に従った退職金の支払をせず、そのことが明るみに出て、その不当性を労働組合から追及されるにいたったところ、当初被告の代表者は旧規定の存在すら否定していたが、ついに抗しきれず、同人に対し旧規定に従った退職金が支払われるにいたったこと、右のごとき経過並びに当時被告はその経営が必ずしも振るわなかったこと、以上によって本件の退職金規定の改定が企図され実現するにいたったこと、このように認められる。これらの事実並びに≪証拠省略≫によって認められる旧賃金体系下における賃金全体に対して職務給が占める比率(大川証人はこの比率は、基本給のそれと同率であって全体の四〇%であったと証言するが、≪証拠省略≫によればそれよりもはるかに低率であってそのまま措信できない。)並びに新規定によって計算された原告の退職金の額は旧規定によって計算されたそれの四分の一強にすぎない事実を参酌して考えると本件退職金規定の改定は退職金規定を現行賃金体系に即応させることがその目的であったとする被告の主張は、到底そのまま首肯し得るものではないし、また、中小企業退職金共済法に基づく退職金共済契約を締結することに本件退職金規定改定の合理的意義があるとする被告の主張も、≪証拠省略≫の記載によれば、旧規定のもとにおいても被告はその従業員のために前記退職金共済契約を締結するものとし、同契約に基づく退職金の額が旧規定による退職金の額に充たないときはその差額を被告が当該従業員に対し直接支給する旨定められていたことが明らかであって、そのまま首肯するに足るものではない。そして本件の他の全証拠を検討して見ても新規定がすでに旧規定のもとにおいて雇用され、その退職時には当然旧規定に従った退職金の支払が受けられるものとしてきた従業員の期待的利益を剥奪しても足るほどの合理性があるものと認めるに足りる資料はない。

また被告は、本件退職金規定の改定並びに原告の退職金を新規定によって計算することに同意した趣旨の主張をし、前記大川証人の証言、証人河野幹夫、同木西努の各証言中には、これに添うと見られる部分もないではないのであるが、右各証言は、≪証拠省略≫に対比してたやすく措信できず、他の本件の全証拠を検討して見ても原告及び原告の所属する労働組合が被告主張のとおり本件退職金規定の改定並びに退職金の計算に同意したことを確認し得る資料はない。

三  以上のとおりであって、新規定がとくに合理的であって原告の退職金の計算についてもこれが適用されなければならないとする根拠は見出しがたいばかりでなく、旧規定は前記のようにその支給条件をも明定しているのであって、いわば賃金にも準ずる性格をもつものとして原被告間の雇用契約の内容をなすにいたったものというべく、従って原告の退職金の計算については原告の同意がない限り前記のように原告に有利な旧規定が適用されるものと解するのが相当であり、原告はその退職により前記の旧規定による退職金三五万〇五五〇円の支払を求め得る権利を取得したというべきであるが、原告が被告から退職金として金八万八六九〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところであるから、原告は被告に対し、なお右金三五万〇五五〇円から右金八万六八九〇円を控除した金二六万一八六〇円の支払を求める権利があり、旧規定一条によればその弁済期が原告の退職日である昭和四七年一二月二〇日であること明らかであるのに被告がその支払をしないことは弁論の全趣旨によって明らかであるから、原告は被告に対し右弁済期の翌日である昭和四七年一二月二一日から右支払ずみにいたるまで金二六万一八六〇円に対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

四  よって、右の範囲内で被告に対し金二六万一八六〇円及びこれに対する昭和四七年一二月二一日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員の支払を求める原告の本訴請求は理由があるから正当として認容し、民訴法八九条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己)

<以下省略>

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